MAMMとは、ミラー、合図、ミラー、目視、の略でワタシがつくったもので一般的に用いられているものではない。
大型バイク教習の第2段階は、きたるべき卒業検定にそなえ教習所内コースをマスターすることとコースないのそれぞれの場所で行う「型」を覚えるところから始まるのだ。
何事も「型」は大切だ。野球だって剣道だって素振りが基本である。空手の型の演武はそれだけでも美しい。
およそスポーツが求めているのはその美しさなのであろう。スポーツだけではない。お茶やお華など「道」がつくものには型がある。バイクにそれがあったっていいじゃないか。
しかし、この型はなんとも間抜けなのである。
いい大人がバイクにまたがってそろそろふらふら走りつつ、曲がり角がちかづくたびに首をかくかくかくかくと動かす。うしろから教官の罵声が飛ぶ「動きが小さい」「もっとタメをつけろ」「合図反対だ」「早すぎ」「遅すぎ」。
やってるうちにだんだんわけがわからなくなってくるのは、やはり年のせいだろうか。次の曲がり角をどっちにいくのかあやふやになってきたり、右に曲がるつもりが左の指示器をだしてしまったり、指示器のスイッチ押したつもりがなぜかクラクションが鳴ってしまったり、教官の怒鳴り声が聞こえて思わず振り返ったらまた怒鳴られたり。
こんなにオレはできないんだ、こんなことすらできないんだ、と自虐的・絶望的気分にひたるのには十分なのである。
道を走ってるバイクがこんなふうにかくかくかくかく頭動かしているところは、残念ながら見たことがない。先輩諸氏はMAMMを忠実にこなしているのだろうか。そんなの、卒検のときだけだよ、ということならなんでそんな実用的でないことを怒鳴られながらやらなければならないのかという疑問がわく。一本橋という課題に似ている。たぶん検定で減点する口実という意味があるのだろう、と自分なりに納得しようと思った。よく考えたら学校の勉強だっておんなじじゃん。
こんなので第二段階もおぼつかない。大型バイクは伝統と型を重んじるものらしい。
気が付くと、道を歩きながらかくかくかくかく首を動かしている自分がいた。
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント